講演の記録

ホルモン療法と東洋医学


谷澤:ホルモン療法の副作用に悩んで東洋医学科を受診される方はどれくらいいますか?

板倉:受診される人数というのは年によって異なりますね。

谷澤:吉田先生が神奈川県立がんセンターに在籍されていた頃には東洋医学科が開設されていたそうですね。

吉田:はい。その時は脳外科の先生が担当されていました。タキサン系薬剤の痺れなどの症状に軽減目的に併診をしていましたが、附子(ぶし)がよく処方されていました。

板倉:附子というのはトリカブトを解毒した薬で、トリカブトは神経毒なので神経の伝達を抑える作用があるんですね。だから痺れや痛みをとるのに使うお薬なんです。

吉田:西洋医学では、こういった症状にはこの薬と「パッケージ化」された感があるのですが、それでうまく行かないと行き詰ってしまうんですね。では次はどうしたらいいのかって。

板倉:僕ら東洋医学科は、パッケージ化されたもので対応できない場合は、患者さんに合わせて煎じ薬の生薬ごとのグラムを変えて処方することができるので、そういった所はより個別の治療になると思っています。
煎じ薬は毎日煎じないといけないし味もよりダイレクトですし、負担は増えるんですけど、ほぼ健康保険の適用がされるので費用的な問題はそんなにはないのかなと思います。


原田: 板倉先生受診される方は、抗がん剤の副作用なのか、術後の後遺症など、がんそのものの症状が多いのでしょうか?

板倉:がんそのものの症状の方というのは、終末期に近い方が多いですね。 そのような方は、服用する手ではなく鍼灸などで治療をすると食事が摂れるようになることもあります。
そうしたら漢方が服用できるようになって、漢方と鍼灸を併用して治療が再開できるケースもあります。
 


谷澤:
以前に神奈川県立がんセンターのがん患者サロンあさひで、東洋医学科のセミナーを拝聴しましたが、その際は鍼灸の先生がお話をされておられましたね。

板倉:はい。鍼灸治療はモルヒネの効きにくいがん関連痛に効果があります。
がん関連痛というのは、がんそのものが引き起こす痛みではなくて、がんがあることで体を正常に機能できなくなって、そのため直接がんとは関係ないところに痛みが生じることです。
それと、突発性の痛みですね。もし急な痛みに対してモルヒネの量を決めてしまうと高容量モルヒネになってしまうので、そういった場合に鍼灸をあわせると突発痛を減らし、より少ない鎮痛剤で痛みをコントロールできるようになります。

また、鍼灸だと口からの摂取がないので治験の邪魔をしないです。神奈川県立がんセンターは治験も多い病院なので、鍼灸なら併用することが可能というのもあります。

谷澤:
そうなんですね。乳がん術後の疼痛に悩まれている方もいらっしゃいますが、そういった疼痛も漢方で緩和することはできるのでしょうか?

板倉:漢方もそうだし、鍼灸治療などの手技療法も合わせてすると良いことが多いです。痛みは急性期、早ければ早いほど治療効果があるんですね。
帯状疱疹なんかもそうで、帯状疱疹後神経痛っていうのも早目から治療すると神経痛の後遺症は残らなくなるのですが、何カ月か空けてしまってから治療すると急に治療成績が落ちてしまうんです。それと同じで術後疼痛などは早めに紹介いただくと結構治療がうまくいくことが多いですね。

かといって、時間が経ってからはダメということではなく、やりようはあるのでご相談いただければと思います。

谷澤:術後の疼痛は仕方がないと思い込みがちですし、痛み止めの処方で終わってしまうこと多い気もするのですが。 

板倉:
痛みというのは、神経やリンパだけで起こるものではないんですね。周辺の支持組織や筋肉とか皮膚の引っ張り具合など、複数のことが重なって痛みが起きるので、どれかの部分を緩和してあげて減らしてあげれば、痛みはあっても付き合っていける痛みになる可能性はあります。
そういう部分で介入できる痛みの部分を、漢方医と鍼灸医とディスカッションしてお互いの長所が出るようにして、少しでも痛みの山を減らしていく方法を考えています。


谷澤:
百村さんは、関節痛等の痛みが出はじめたのはホルモン療法開始から比較的早い時期でしたよね?こういった場合も違和感や痛みが出はじめた早い時期のほうが、治療効果は高いのでしょうか? 

板倉:いえ、ホルモン療法の関節痛はいつでも大丈夫なんです。
術後疼痛と違って痛い時期でいつ来ていただいても大丈夫です。


東洋医学は痛みに対する考え方が少し特殊で、気・血・水といって身体の中に巡るものが滞りを起こすと痛みが出るという考え方をします。そういった巡りを良くしてあげることで痛みを取ることができるので、NSAIDs(非ステロイド解熱鎮痛剤)などとは違った作用で効果を上げます。

乳がんのホルモン療法による関節痛については、MRIなどの画像診断でその部分だけ撮ると、関節包の液貯留や関節周囲の浮腫が報告されているんですね。
年齢としては、40代>50代 と若い人のほうが水っぽく潤っていて肥満患者さんに多い。

また、タキサン系で、特にパクリタキセル併用例の方が多いです。
パクリタキセルってやはり浮腫む薬なんですよね。漢方ではこういう浮腫みというのは「水滞(すいたい)」と考えるので水の滞り(とどこお)を取るお薬を使ってあげると良いことがあります。
実際、ホルモン療法をやっている方の関節痛というのは朝起きた時に手と足がこわばっている様に硬くなっちゃって、動かしているうちに段々動くようになって、日中は比較的楽だけれども、また朝起きたら元に戻って硬くなってしまって、というのが多いです。
これは漢方的には水の痛みなんですね。

最近、アクアポリンという細胞膜の水の通り道が発見されました。このアクアポリンは水だけでなくサイトカイン(痛み自体を引き起こす物質)の通り道にもなっているので、その通り道の部分を通したり塞いだりすることが漢方薬にはできることがわかり、水のコントロールで疼痛にアプローチすることができます。

資料では水を誘導するようなお薬をいくつか挙げたのですが、こういったお薬の中から患者さんに合うのを選んであげます。
うちに受診されている患者さんは、痛みをゼロにはできませんが、ホルモン療法を続けられるくらいには痛みのコントロールが出来ています。

 
谷澤:
痛みが軽減したり落ち着いてきたら、漢方薬の処方も終わりですか?

板倉:止める方と、飲み続ける方がいます。
ホルモン療法をやっていること自体が水の滞りをつくることになってしまうので、ホルモン療法中は痛みが軽減しても続けなければならない場合はあります。治療が終わってから漢方を止められる方がほとんどですね。


あともう一つは生活ですが、水の滞りなので浮腫む生活, 多飲、多食、塩分・糖分の摂りすぎですね。お砂糖もすごく浮腫む原因なのでそういうのが過剰な人というのはやはり痛みが取りにくいのです。余計なものを摂り過ぎないように気を付けるだけでも痛みが取れる人もいますので、そのような方は漢方を続けなくても済むようになることはあります。

谷澤:東洋医学科では生活指導も含めて、患者さん個人に合わせて診てくださっているのですね。

板倉:やはり漢方はすごく弱く優しい薬なので、生活自体を改善しないと、薬だけで症状を全部を良くするってことは出来ないんですね。だから生活指導というのは「養生(ようじょう)」と言いますが、漢方の中では薬と同格くらい大事なところなのでその説明はしっかりしています。


谷澤:
漢方薬が気になっている方は多くおられても、効果が見えるまで時間がかかるとか、個々の実体験に基づく感想など、治療効果をデータ化するのが難しい分野だとは思うのですが、患者さんが漢方薬治療に踏み切るのに役立つデータなどはありますか?


板倉:漢方というと、今まではある薬を飲んでそれが統計的にどう変化するかというものばかりだったのですが、それは東洋医学の本質ではまったくないんですね。
そこには養生はないし、個人個人に合わせた治療を実際にするということもやっておらず専門性がない、漢方薬を使った西洋医学的治療だったんです。

そこで、東洋医学科が専門として関わるとどうなるか?というのがこのデータになります。うちの科に通院された164人に対して漢方薬を飲むとQOLがどの程度変わるかという統計を取りました。



これは青い四角の部分が漢方を飲む前で、赤い四角は飲んだ後です。
上の方にあるほどQOL(生活の質)が高いことを示しています。3カ月間で全般的なQOL、身体的な機能、役割、情緒機能、認知機能、社会生活の統計処理をすると、全例優位差をもって改善するとなっています。
 


ご覧いただくとわかりますが、ステージⅣ患者さんが48%と半分で、放っておくとどんどん予後が悪くなっていく患者さんが多い中でQOLが改善されたという結果は、漢方薬が役立つ可能性があるのだと思っています。

谷澤:
気になるのが認知機能の部分ですが、百村さんもそのような経験がおありですか?

百村:そうですね、ホルモン剤を服用し始めて3ヶ月目に職場復帰しました。最初の2週間くらいはあれもできるこれもできると喜びに満ちていたのですが、徐々に出来ないことに気づきました。日常生活では困らないのだけれ、優先順位を決めなくてはならないものが重なると考えが追い付かなくなることがあります。当たり前にできていたことができないということが増えて気持が落ち込ました。

谷澤:化学療法の時はケモブレインと言い、認知機能の低下がみられると乳がん診療ガイドラインにもありますね。
しかし、ホルモン療法だとその部分に明確なデータがない。実際にはホルモン療法中にケモブレインに似た症状をもっている患者さんは沢山いるように感じるのですが、そこについて教えていただけますか?

吉田:今回ケモブレインの視点から調べてみたのですが、関わっている誘因は分かっているけれど、でもこれといった治療法はよくわからず、行動認知療法で少し良くなるとは書いてある。

今の段階では何か元を断つとか、何かをするではなく、今起きている症状ひとつひとつに対して対処していくというのが、今できる治療なのかなと思います。板倉先生がお話されていたように、患者さんとの対話の中で出てきた症状一つ一つに対処する治療というのが使われる分野なのではないでしょうか。 

板倉:先ほどの資料で、漢方で認知機能がどうして上がっているのかというのを解析して気付いたことがあります。
認知機能が落ちている原因というのが、東洋医学的には大きく2つあって、ひとつは気分障害、鬱(うつ)っぽくなることです。鬱というのは認知機能が落ちるんですね、物忘れなどが多くなる。漢方を飲むと気分障害が改善される方が多いので、認知機能も上がってきます。

もう一つは極度な疲労です。極度の疲労というのも、物が思い出せなくなるんです。それで認知機能が落ちている、そういった方も疲労感が軽減してくると認知機能が戻ってきて良くなってくるというのが分かっています。


吉田:
先生のお話にも、ホルモン療法でダメージを受けている分、元気を維持したり、いままで出来ていたことを行うのに身体が頑張らないといけない、とありましたね。そういったことも極度の疲労や鬱っぽさに繋がって認知機能に関係してくる可能性があるんでしょうか?

板倉:すごくあると思います。

原田:勉強などでも何かを覚えようとすると、疲れている時と元気な時で変わりますよね。

板倉:それとまったく同じです。


原田:板倉先生のようなスキルを持った医師ってどれくらいいるんですか?

板倉:基本的に専門医の先生達ならある程度のクオリティは確保できると思います。
実はお医者さんの9割以上が漢方を処方した経験がありますが、漢方の勉強をしている先生はほとんどいない。だから病名や症状だけでパッケージ処方をしている。患者さんのほとんども非専門家に出された処方で、漢方を飲んで漢方は効かないと思っている方が多い。

東洋医学というのは2000年前以上の昔から出来ていてその時の医学書の中に、婦人科の章を作って女性を大事に治療していました。
女性というのは移り変わるライフサイクルを送ります。生理が始まり、出産、閉経、更年期が来てなど、それに伴い自分も周囲の環境も大きく変わっていく。男性では経験できない大きな変化を経験いたします。

さらに、月経の1ヶ月の中でもホルモンが変わって気持ちとか身体の変化があります。こうした女性の変化に真摯に向き合って色んな体調とその治療法を記録し続けてきたのが東洋医学なんです。
2000年以上も女性の変化するライフサイクルに対するノウハウを蓄積しているからこそ、漢方は女性に向き合うことが出来る医学だと思います。

ホルモン療法を受けると、自然ならもう少しゆっくりしたライフサイクルの変化が急激に短期間で起こってしまう。ただ起こることは蓄積されたデータにあるので、東洋医学を勉強してきた人には、患者さんの言っていることがわかると思うんですね。



原田:がんの分野は特にエビデンス重視で、東洋医学はよくわからないからという風潮があるように感じるのですが、中国などは上手く組み合わせてやっていたりするのですか?

板倉:中国には、中医大学といって中国伝統の医学の学校が各省にあって漢方の専門家というのがとても多くいます。中医大学を卒業した医師は西洋医学と東洋医学の両方の教育を受けているのでどちらも扱ってもいいんです。それに加えて過去の蓄積もあったりして、日本より漢方というものは余程進んでいますね。

谷澤:ここまでお話を伺うと、漢方を利用してホルモン療法の副作用を改善したいと感じる方もいると思います。
例えばインターネットで漢方薬を取り寄せて独断で服用したりするのは危険があるのでしょうか?

板倉:漢方は副作用の問題や相互作用の問題もありますし、お金を無駄に使わなくて済むという点でも自分で判断しない方がよいと思います。専門の先生に相談したほうが安全です。

百村:漢方でも副作用が出ることがありますか?

板倉:あります。偽性アルドステロン症といって、漢方のほとんどの薬には甘草(カンゾウ)が入っているのですが、その量が多かったりすると低カリウムになったり筋肉痛がおきたり、血圧が上がったりと結構色々な副作用が出ます。特に低カリウムなどは不整脈が出て致死的なことになるなど危険なことがあります。
また、漢方を複数の病院から貰ってしまうと、甘草の量が増えてしまいますので、できれば専門の先生ひとりに漢方はまとめて出してもらうのが良いと思います。

谷澤:なるほど。専門医に相談して安全に使いたいですね。




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